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コラム「日本では父親が子育てのために仕事の時間を減らせないのはなぜか」
サイトウ 2013.11.25

お産と夫――近世から戦前まで

男性のみなさん、あなたはお産の場に「立ち会う」派ですか?
あるいは「立ち会わない」派ですか? 

こうしたお産の場に「立ち会わない」ことが個人の意思で選択できることは、現代のお産の特徴ともいえます。
時代を遡ってみると、近世では地域によって、3つの「立ち会い」のパターンがありました。「夫は立ち会わない」、あるいは「必ず立ち会う」、そして「一度立ち会ったら次も立ち会う」です。 

しかし、いざ妻が難産になったときには、

夫が家のまわりを石臼や鍬をかついで廻ったり(須藤2001)、後産が長引くときには、夫の下帯の一部をつまんでつみとったり(沢山1998)

お産の場面に夫の存在は欠かせなかったようです。

当然ながら、妊娠には夫も関わっているわけで、だからこそ出産のときに夫もお産の苦痛を引き受けることがあたりまえだと考えられていたのです。とはいえ、こうしたふるまいは、今では「たんなる迷信」と思うかもしれませんね。

でも、当時は難産になっても、医療によって助けられることはありません。
「ともに苦しむ」ことには、自らの生命力だけを頼りに子どもを産まなければならなかった妻に共感する力をもたらすとともに、子どもの誕生に祈りの気持ちも込めていたといえるでしょう。
そのことは、無数に連なる生命の連環の輪の中に、夫を包み込む大事な作業だったのではないでしょうか。 

また、「ともに苦しむ」という側面だけでなく、介助者としての夫の役割も重要だったことが、1930年代の助産婦さんの語りから伺えます(松岡1991)。
「十人産んで、九人までだんなさんが取り上げてた人いたよ。だんなが牛や馬飼ってんの。牛や馬とね、同じ、自然に生まれるんだと思って。」 

「家庭分娩では、だんなは大事な役割をしょってもらってました。産婆をよびにくるのがだんなでしたし、(略)だんなは助手がわりでしたよ。洗面器をとりかえたり、お湯沸かしたり。ふんばりがきたら、産婦の手を握ってもらったり。上に子供がいたりすれば、母親がいても、子守りしなきゃなりませんし。これが一番大変なんです。」


動物のお産に関わったり、子どもの頃から自宅出産を何度も見たりすることで、男性もお産のときの重要な介助者として育てられていたといえるでしょう。 
このように、まさに死と隣り合わせの状況の中でいのちが誕生する瞬間から、夫が切り離されていったのはなぜでしょうか?

次回のコラムでは、現代の父親のお産との関わりをみていきます。

[引用文献]

沢山美果子1998『出産と身体の近世』勁草書房
須藤功2001『母と子でみる祖父の時代の子育て』草の根出版会
松岡悦子1991『出産の文化人類学――儀礼と産婆』海鳴社

齋藤早苗
東京大学大学院総合文化研究科修士課程在学中。実は小学生2人の母、40代。 
進学のきっかけは、2人目を出産した後の、体調不良と仕事の両立のつらさでした。
「なぜ働きながらの育児はこんなにたいへんなんだろう?」こんな素朴な疑問からはじまった研究生活。
現在は「日本では、父親が子育てのために仕事の時間を減らせないのはなぜなのか」について取り組んでいます。

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