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コラム「日本では父親が子育てのために仕事の時間を減らせないのはなぜか」
サイトウ 2013.11.11

「おとな」と子育て

前回、アロマザリングな子育てを紹介しましたが、
現代では、子どもの育ちにかかわる大人には、どんな人たちがいるでしょうか。
アジア各都市での、育児の担い手を表したのが以下の表です。

表 育児の担い手の地域別パターン(都市中間層)

地域母親父親親族家事労働者
(子守、メイド)
施設
(保育園、幼稚園など)
中国 集中していない A A C(大都市ではB) A
タイ 中程度 A B B B-(2歳半未満はD)
シンガポール(中国系に限定) 集中していない B A A A
台湾 中程度 B A B B(2歳未満はC)
韓国 集中 C B C(大都市ではB) B(3歳未満はC)
日本 集中 C(共働きはB) C(共働きはB) D B(3歳未満専業主婦家庭はC)

(注)A:非常に効果的、B:ある程度効果的、C:存在するがあまり効果的でない、D:ほとんど効果的でない 
出典:落合・山根・宮坂(2007)『アジアの家族とジェンダー』から、筆者修正

日本では母親への責任が集中していることがわかります。
それに、「専業主婦」か「働く母親」かで、援助してくれる大人の数が異なっていますね。

このように子育てが母親にのみ集中する一方、
母親の2割以上が、近所に「子どものことを気にかけて、声をかけてくれる人」が1 人もおらず、
母親の約3割、父親の約5割が、「子育ての悩みを相談できる人」「子ども同士を遊ばせながら、立ち話をする程度の人」が1人もいないのだそうです(大日向2011)。

わたし自身も、近所に「立ち話をする人」や「悩みを話せる人」ができたのは、
子どもが生まれて数年たったころで、
一番、子どもに手がかかる時期には、近所の人たちとの関係は築けていませんでした。

現代は、孤独に母親だけが子育てする、
あるいは「家族」の中に子育てが囲い込まれてしまうといえます。

でも、こうした子育てのあり方は「伝統的」なものなのでしょうか?
やや時代をさかのぼって、江戸時代の「おとな」たちは
どんなふうに子どもと関わっていたのでしょうか。

そもそも江戸時代には、多くの血のつながらない「親」がいました。例えば、
 妊娠したら、安産の女性から岩田帯をもらう「帯親」
 出産のときには、取り上げ婆に加えて、臍の緒を切る「取り上げ親」
赤ちゃんを抱く「抱き親」
同じころに出産して授乳中の女性にお乳を飲ませてもらう「乳付け親(乳親ちおや)」
 
さらには、赤ちゃんを抱っこして戸外に出た時、最初に会った人がなる「行き合い親」
丈夫な子をもつ家に子どもを捨てた後、貰いにいく「拾い親(貰い親)」なんてことも!

この他にも、取り上げ親や親類縁者・子宝者・有力者に頼む「名付け親」
子守りをする「守親」などなど…
願掛けも兼ねて、多くの「おとな」たちが子どもの育ちを見守っていたことがわかります。

「子どもを社会で育てよう」といいますが、
多くの「おとな」が他人の子どもにかかわるための仕組みとして、
親役割を分散していたんですね。

アベノミクスでは「育休3年」導入を提案しましたが、
母親が孤立する育児休業の延長よりも、
むしろ、ご近所さんとのおつきあいのきっかけにもなる
「拾い親」制度あたりを創設してはどうでしょうか。

[引用文献]

落合恵美子・山根真理・宮坂靖子2007『アジアの家族とジェンダー』勁草書房
小泉吉永2007『「江戸の子育て」読本――世界が驚いた!「読み・書き・そろばん」と「しつけ」』小学館
中江和恵2003『江戸の子育て』文芸春秋
大日向雅美2011「第2回妊娠出産子育て基本調査をふりかえって」『第2回妊娠出産子育て基本調査』ベネッセ次世代育成研究所

齋藤早苗
東京大学大学院総合文化研究科修士課程在学中。実は小学生2人の母、40代。
進学のきっかけは、2人目を出産した後の、体調不良と仕事の両立のつらさでした。
「なぜ働きながらの育児はこんなにたいへんなんだろう?」こんな素朴な疑問からはじまった研究生活。
現在は「日本では、父親が子育てのために仕事の時間を減らせないのはなぜなのか」について取り組んでいます。

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