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コラム「日本では父親が子育てのために仕事の時間を減らせないのはなぜか」
サイトウ 2013.10.07

家族の起源は「父親」にあり

中学生の頃からずっと抱いていた疑問があります。
それは「なぜ父親は、本当に実の子かどうかもわからないのに、子どもを育てられるんだろう?」ということ。
みなさんは考えたことがありますか?

母親の場合、必ず自分の身体の中から生まれてくるのだから、
(取り違えがない限り)自分の子どもというのははっきりしていますよね。
でも父親は違います。
それは妻の「あなたの子よ」という宣言一つにかかっている、と言っても過言ではありません。

が、実は、血のつながりがあってもなくても子どもを育てるという父親の特性こそが、
まさに「家族」成立の鍵だったのです。

霊長類から人類への進化の過程で、
「家族」が成立するにあたって重要な契機の一つとして
脳が大型化したことによってヒトが生理的早産として生まれることが挙げられます。
子どもが生まれた後も、長期にわたる保護や養育が欠かせないために、
「父親」という存在が必要になったわけです(柏木惠子2003)。

しかもここでいう「父親」は、
生物学的な血のつながりのある父親ではなく
妻が指名し、かつ集団に認知された父親、
すなわち社会性や関係性を重視した「社会学的父親」を意味するのです(山際寿一1994)。

つまり、わたしの考えていたことは本末転倒!
「血のつながりがあるから子どもを育てる」という大前提を当然だと思っていたけど、
「血のつながりなんて関係なく子どもを育てる」ことができるのが「父親」なのです。

ということは、「父親」はその起源から血のつながりというよりも、
文化的なとりきめによって存在するのだといえます。

たとえば、「父親」というとき、
日本なら、
血縁関係にあるお父さんか、再婚した後の義理のお父さんを思い浮かべますが、
アメリカなら、
ゲイ/レスビアンカップルのお父さんの役割を担う人や、
まったく他人の里親里子ファミリーのお父さんもいます。

また、
生物学的に父親であっても、社会学的には父親になりきれていない人もいるでしょうし、
その逆もあり得ます。

こう考えると、わたしたちがあたりまえのように「父親」と口にするとき、
とても多様な「父親」が存在しうることに気づかされます。

現在、赤ちゃん取り違え事件がテーマの「そして父になる」(給ギャガ9月28日公開)が話題になっています。
生物学的父親と社会学的父親の不一致がどのようにのりこえられていくのか、
とても興味深いテーマです。

わたしの父も、そして夫と子どもも、
たまたま!?生物学的にも社会学的にも一致しているようですが(笑)、
あらためて、彼らが子どもを育ててくれることに感謝するとともに
夫には、「社会学的父親」として成長するよう祈りつつ、
「あなたがこの子の父親よ」とさりげなく伝え続けよう、と思っています。


[引用文献]
柏木惠子2003『家族心理学――社会変動・発達・ジェンダーの視点』東京大学出版会
山際寿一1994『家族の起源――父性の登場』東京大学出版会

齋藤早苗
東京大学大学院総合文化研究科修士課程在学中。実は小学生2人の母、40代。
進学のきっかけは、2人目を出産した後の、体調不良と仕事の両立のつらさでした。
「なぜ働きながらの育児はこんなにたいへんなんだろう?」こんな素朴な疑問からはじまった研究生活。
現在は「日本では、父親が子育てのために仕事の時間を減らせないのはなぜなのか」について取り組んでいます。

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